テーマ 蓮如上人御影道中 第338回(78号)

2011(平成23)年4月1日

※浄願寺メモに画像を何枚か追加しました。(2010年5月7日に撮影したものです)

★御下向(ごげこう)
4月29日 真宗本廟(東本願寺)発〜5月5日 吉崎別院着

★蓮如上人御忌(ぎょき)法要
5月5日〜5月10日 吉崎別院

★御上洛(ごじょうらく)
5月10日 吉崎別院発〜5月17日 真宗本廟(東本願寺)着

蓮如上人御影道中お立寄会所(長浜教区内 余呉→米原)

■5月10日 吉崎出発

■5月13日

↓地図1  15:00 景好寺様(余呉町柳ケ瀬)
↓地図2  16:00 田川様宅(余呉町東野)
↓地図3  17:00 池畑様宅(余呉町下余呉)
↓地図4  17:30 平野様宅(余呉町坂口)
↓地図5  18:30 明楽寺様(木之本町木之本)(泊)

■5月14日

↓地図6   8:00 林様宅(木之本町千田)
↓地図7   8:45 片桐様宅(高月町高月)
↓地図8  10:00 真願寺様(湖北町八日市)
↓地図9  10:45 運徳寺様(湖北町青名)
↓地図10 11:30 念慶寺様(湖北町速水)
↓地図11 12:30 慶善寺様(湖北町高田)


↓地図12 13:30 准願寺様(虎姫町唐国)
↓地図13 14:45 五村別院様(虎姫町五村)
↓地図14 16:15 長善寺様(長浜市曽根)(泊)

■5月15日
↓地図15  7:00 中川(勝)様宅(長浜市曽根)
↓地図16  7:30 中川(二)様宅(長浜市曽根)
↓地図17  8:40 長浜別院様(長浜市元浜)
↓地図18 12:20 善行寺様(米原市米原)

■5月17日 真宗本廟(東本願寺)着
※到着時刻はおおよその時間です


↑地図16 中川(二)様宅到着です。(7:49撮影)

中川(二)様宅にてお勤めです。(8:03撮影)

中川(二)様宅にてお勤めの後、随行教導より法話です。(8:10撮影)

↑終了後、御影が運ばれます。(8:25撮影)

↑御影が運ばれます。(8:25撮影)

↑御影が運ばれます。(8:26撮影)

↑御影が運ばれます。(8:26撮影)

↑中川(二)様宅出発です。(8:26撮影)

↑地図16、17の道中 相撲町をお通りです。(8:44撮影)

↑相撲町をお通りです。(8:44撮影)

↑相撲町をお通りです。(8:44撮影)

↑地図17 長浜別院本堂にてお勤めの後、随行教導より法話です。(9:53撮影)

↑長浜別院出発です。(10:02撮影)

蓮如上人御影道中について

 蓮如上人(一四一五〜一四九九)が亡くなられた後、北陸、吉崎での教化の御苦労とそのお徳を偲ぶ法要のご縁が生まれ、蓮如上人の御影を本願寺よりお迎えして勤められたのが蓮如上人御影道中の始まりです。それ以来、毎年、吉崎別院で蓮如上人御忌(ぎょき)法要が厳修される時期に、蓮如上人が歩いたといわれる吉崎別院までの約二四〇キロの道程を、随行教導(ずいこうきょうどう)や、宰領(さいりょう)をはじめとする供奉人(ぐぶにん)方が中心となり、自主参加(一般参加)の方々とともに、六十七の会所に立ち寄りながら一週間かけて歩き(御下向(ごげこう))蓮如上人の御影を門信徒の待ち受ける吉崎の地へ運ぶ旅が連綿として続けられています。吉崎別院では、御影をお迎えした後、蓮如上人御忌法要を十日間(今年は六日間)にわたって巌修(ごんしゅう)し、多くの方がお参りされます。法要後、真宗本廟(東本願寺)に向け、帰路約二八〇キロの道程を七十八の会所に立ち寄りながらの御影道中の旅が始まり(御上洛(ごじょうらく))、真宗本廟における御帰山式(ごきざんしき)をもって御影道中は閉式となります。

▼随行教導とは、 御下向と御上洛に一人ずつの教導が随行し、お立ち寄りする各会所では勤行と法話を行う。

▼供奉人とは、 門徒の希望者から選ばれた蓮如上人の御影にお供して歩く八人。その内の代表一人が宰領。御下向と御上洛では選定される供奉人は異なる。

編集後記

▼東北地方太平洋沖地震に によって被災された御同朋の皆さま、十方衆生のいのちに思いを寄せ、今、何ができるのか、何をせねばならないのか、私もまた大きな問いかけの前にいる一人です。▼もし、蓮如さんなら、親鸞さんなら、どんな言葉を発し、どのように行動されるのだろう…と考えています。


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