テーマ 「人権」という言葉(146座)

2016(平成28)年5月1日


表紙

 「天上天下唯我独尊」釈尊、生きとし生けるもの全ての生命(いのち)を尊ぶとは、小さな人間の生命を限りなくかけがえのないものとして尊ぶことから始まります。
 つまり、常に抑圧され続けている社会的弱者、最も異端視され、社会から排除されている最後の一人こそが、人間としてかけがえのない、地球上に後にも先にもその人一人しか存在しない素晴らしい生命なのです。
小森龍邦

住職記

1、伝統の裏側で

 長浜教区は、宗祖親鸞聖人の教えが今日まで、深く伝承されてきた土徳ある地域です。しかしながらわが宗門がそうであるように、そうした伝統の裏側でいつも社会的弱者が踏みつけられてきたという歴史があり、そのことを如実にあらわす部落差別もまた根強く残っている地域でもあります。

2、「教区部落問題研修会」

 また教区では1999年度から毎月「教区部落問題研修会」を開催し、そして毎年、各組がそれぞれ主体になって、部落問題研修がずっと取り組まれてきました。それは土徳あるここにこそ、今も現前としてある部落差別の現実を第一に自らの課題とする願いからです。

3、「人権問題研修」へ

その部落問題研修会開催趣旨文にはこのように書かれています。

 私たちの宗門では、今日まで長年にわたり、部落問題を学ぶことを通して親鸞聖人の教えを学び直そうという取り組みを続けてきました。しかしこの学習を通して、部落問題の学習にはさまざまな困難や抵抗があることもわかってきました。

 そしてその中のひとつにはこのように書かれています。

 今日、一般では「人権問題研修」が進められているのに、いまだに「部落問題研修」をする必要かあるのか。(部落問題研修会開催趣旨文より)

 行政でもそうであり、この内容は実に多くの人が言われることなのですが、果たしてそれは正しいのでしょうか。

4、「人権」とは奪われてきた側の叫び
 
 「人権」という言葉ですが、1789年8月26日、フランスの絶対王政に対して立ち上がった人権宣言があります。また、日本においても1922(大正11)年3月3日、差別と迫害から奪われた人間性を取り戻そうとした全国水平社創立は日本初の人権宣言です。このように「人権」という言葉、それは奪われてきた側の切なる叫びなのです。

5、奪われていない側の言葉でしかない

 しかしここでの「部落問題研修」の中で言われている「人権」という言葉は、先のような奪われてきた側の切なる叫びではなく、奪われていない側の言葉でしかありません。それは「人権」という言葉によって出来るだけ研修を薄めて行こうとする方向であり、そのことに関わりたくない者の論法であると思います。まさに水平社宣言にある「人の世の冷たさが、何(ど)んなに冷たいか」の言葉が思い起こされます。

6、その出どころ、立つところ

 この頃ずっと、「わが立つところを問う」という言葉を大切にしています。「わが立つところ」によって、「人権」という同じひとつの言葉でもこんなふうに変質してしまうのです。

 いし ・かわら ・ つぶてのごとくなるわれらなり。
 『唯信鈔文意』親鸞聖人(真宗聖典553頁)

 「いし ・かわら ・ つぶてのごとくなる」とは奪われてきた側の人々です。その人を「われら」と仰った親鸞聖人…。やはり問われていることは、言葉の言い換えではなく、その出どころ、立つところです。

編集後記 

▼熊本地震の影響により失われたすべてのいのちに謹んで哀悼の意を表するとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。私自身、自らの生き様が根本から問われています。

▼今回、「人権」という言葉について少し考えさせていただきました。あらためて親鸞聖人が仰った「われら」の人たちの声を真摯に聞き続けていきたいと思うばかりです。その中のひとつの表紙の文章は『部落解放』(1990年10月 第316号)に書かれたものです。その中にある、「常に抑圧され続けている社会的弱者、最も異端視され、社会から排除されている最後の一人」との出会いが親鸞聖人が仰った「われら」という世界なのだと思います。

▼1999年以来、「部落問題」という名前で研修会が開催されてきましたが、本当に「人権」という言葉を叫びとして深くいただくのであれば、「人権問題」でもよいのかもしれません。しかし、「土徳あるここにこそ、今も現前としてある部落差別の現実を第一に自らの課題とする願い」は決して忘れてはならないと思います。

▼部落解放運動にその生涯を尽くされた山本義彦さんが繰り返し言われていた「差別を両側から乗り越える」という言葉が思い出されます。解放とはまさに両側からです。 


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