テーマ 世の小さき人々と共に生きる(171座)

2018(平成30)年6月1日


表紙

東本願寺発行の『同朋』2017年2月号に次のような内容のことが掲載されていました。

「教会は常に世の小さき人々と共に生きる、アーメン」

これは泉惠機先生(元大谷大学教授)が若い頃、ある教会で出会われた言葉です。「小さき人々」、それは排除、抑圧という世の差別構造、そんな矛盾に苦しめられている人々です。この言葉は親鸞聖人と同じ精神であり、泉先生は、「教会」を「寺」に置き換えて

「自分が住んでいる寺がまったくそうなっていない、落第だ」

と感じられたそうです。
皆さまはこれを聞き、どのように感じられますか?
私も真宗寺院に住む者として書かせて頂きました。(住職記参照)

住職記

ごえんさん、もうお寺に参れんようになったわ…

表紙からまず思い出したのはあるご門徒さんのことです。その人は交通事故にあわれて、車椅子の生活になられました。その人がお取越のお参りの時、帰り際私に言われたのが右の言葉です。確かにスロープがない、階段を上って入らなければならない寺院はお参りし辛いと感じます。精神的、そして構造的にも「寺は常に世の小さき人々と共に生きる」どころか、まさによく言われる「寺は敷居が高い」の言葉を思いました。

親鸞聖人の幼い眼に

親鸞聖人が九歳、得度された頃は、大変な飢饉、日照り、疫病が起こり、加茂川が死体で一杯になりました。当時のことが、『方丈記』に次のように記されています。

親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先立ちける。又母の命つきたるを不知しらずして、いとけなき子の、なほ乳をすひつゝ臥せるなどもありけり。(中略)すべて四万二千三百余りなんありける。
『方丈記』鴨長明著

この「親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先立ちける。」というのは、普通、食べ物が無い時でしたら、子どもが先に死ぬと思いますが、親は子どもに食べさせるため先立つのです。親鸞聖人が得度された頃は、まさに世の中は地獄そのものです。親鸞聖人の幼い眼に、それこそ「世の小さき人々」がしっかりと焼き付けられていたのです。

当時の比叡山

そして比叡山に上ってみれば、そこは貴族中心の、財力や地位のあるそういう人たちだけが供養、加持祈祷を求めることができる、一般庶民にはまったく無関係な場になっていたのです。親鸞聖人はは当時の比叡山をはっきりと批判されているのが次の文章です。

この世の本寺本山のいみじき僧ともうすも法師ともうすも うきことなり。
親鸞聖人(真宗聖典五一〇頁)

「この世の本寺本山」とは、比叡山のことです。
「いみじき」というのは素晴らしいという意味 です。「うきこと」は憂きことです。比叡山の素晴らしい僧侶や法師と申す人も、憂きことと仰っているのです。まさに皮肉です。ここに仏道は無いとはっきり言われています。

真宗寺院の原点

そこで親鸞聖人は二十年間悶々とされます。そしてついに下山され、六角堂の参籠を経て、吉水の草庵で法然上人に出会われます。そこは、比叡山には縁のない女性や庶民、あるいは貴族や武士そして大泥棒と呼ばれる耳四郎まで色々な人が集っておられたのです。実はこの世界が真宗寺院の原点であると思います。

御開山(ごかいさん)

先達は親鸞聖人のことを「御開山」と親しみを込めて呼んでこられました。親鸞聖人は山の上の敷居の高いお寺の僧侶ではなく、山を開いてくださった人だからです。今、寺院の様々な現状を踏まえ、謹んで次の文章を頂き直したいと思います。 「御開山」と呼んでおられる全国水平社創立の根本に、私は間違いなく親鸞聖人がそこにおられると思います。

部落内の門徒衆へ

御開山御在世の時から七百年にも近い今日依然としてこれがあると云ふ事は御同行御同朋と称する人達が心から黒衣や俗衣で石を枕に血と涙で御苦労下さつた御開山の御同行ではなくて色衣や金襴の袈裟を着飾つて念仏称名を売買する人達の同行ではないでしようか。
迂つかり称へたなれば首が飛ぶ様なおそろしいなかを真に此世も未来の世も地獄を一定の住家ときめて命がけでお伝へ下さつた程の御念仏を小唄気分でお唱できる気やすさを思へば思う程一方ではあだやおろそかには出来ない事も思はせていただかねばならぬ筈です。
そこで私共はよくよく吟味して私共の御同行のほんとうの御すがたを拝まねばなりません。
墨染の衣さへ剥取られて罪人としてなつかしい京を追放されてでも罪免るされて戻り帰つた京の町でのたれ死にするまでもなほ念仏称名のうちに賤しいもの穢れたものと蔑まれていた沓造も非人も何の差別もなく御同行御同朋と抱き合つて下さつた、そしてまだ御自分を無慚無愧とあやまつて下さるこの御慈悲のまへにこそ私共は身も心も投げださずにはおられません、この御開山が私共の御同行です、私共はこの御開山の御同朋です。
『部落内の門徒衆へ』全国水平社

念仏称名を売買する人たち

「色衣や金襴の袈裟を着飾つて念仏称名を売買する人達」とは誰のことなのか。自分の胸にいつも刻み込みたいと思います…。

編集後記

▼「ごえんさん、もうお寺に参れんようになったわ」の言葉は、今も私の耳にあります。そしてずっと今回のテーマを問いかけてくださいます。さらに「人々と共に生きる」の中に「亡き人と共に生きる」の一点をこの門徒さんから頂いています。


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