2021年10月21日 ▼「部落差別問題等に関する協議会」が開催されました。

2021年10月21日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会」(全体会)に出席しました。

【開催趣旨】  
 私たちの宗門は、『仏説観無量寿経』における「是旃陀羅」の語に関し、1922年の全国水平社創立当初から、その差別性について指摘を受けてきました。その後、宗門内で惹起した差別事件への糾弾を機縁として、検討や研究を行ってきました。しかし、教化の現場において、インドのアウトカーストとして差別されている人々をさす「旃陀羅」の語を解説する時、現実に差別に苦しむ人たちが存在することを思い描くことなく、日本の部落差別を象徴する「穢多・非人」という言葉を用いて無批判に喩えてきたこと、さらには、旃陀羅の字解において、被差別の当事者たちを暴虐な人間であるように説き、差別を強化・固定化してきた罪責を、宗門に身を置く私たち一人ひとりが十分に受け止めることができませんでした。

 2013年1月、『現代の聖典 学習の手引き』に対し、部落解放同盟広島県連合会から厳しい問題提起がなされました。この提起を受け、宗務所に「部落差別問題等に関する教学委員会」を設置し、「是旃陀羅」の語に関して、真宗学・仏教学・歴史学・部落史等の見地から教学・教化の課題についてまとめられた報告書が、2016年6月に提出されました。この報告書に示された課題を宗門全体で共有すべく、「教学会議」において施策の方向性が示され、その実働に向けて、これから歩みだしていかなければなりません。

 本年、6月の宗会常会におきまして、宗・参両議会において「是旃陀羅」問題に関する決議が全会一致で決議されました。これは、「部落差別問題等に関する教学委員会」や「教学会議」の報告書に託されました、最高議決機関で「是旃陀羅」問題について議論を深めてほしい、という願いに応答したものと考えております。

 昨年10月1日に開催いたしました、第1回「部落差別問題等に関する協議会」では、この「是旃陀羅」問題をあらためて共有し、そのうえで様々なご意見をお寄せいただきました。その後、議論の方向性を定めるため、協議会の中に企画会議を設置し、協議会の参加者を中心に構成した企画員7名の方々に、「教区・組における課題共有」に資する議論を集約いただいております。

 第2回目となる今回は、企画員の方々を中心に、教区で解放運動にたずさわっておられる皆様にご協力いただき、この「教区・組における課題共有」について、幅広くご議論をいただき、施策の方向性を共有したいと思います。


■当日のレジメにある

前回の協議会から、「是旃陀羅」問題についての取り組みがありましたか。今後、教区で課題化していくとすれば、どのような方法、また問題点があると思いますか。


仏事における読誦について、教区や各寺院で課題となっていることはありますか。

の事項について、各教区で協議されたことを「班別座談」で報告して頂きました。(以下、文責澤面)

▼他の教区のように、なかなか具体的な取り組みは出来ていないが学習会は開催されている。しかし、「今さら」あるいは「なぜ、寺で差別問題の研修会をするのか」という意見がある。

▼教区での独自の旗振りは出来ないと思われるので、宗門として公式見解を示して欲しい。しかし、本山にお任せではなく、一人ひとりの課題になるべき両面が大事であると思う。

▼仏説である限り人間が削除することは出来ないと思う。

▼「是旃陀羅」問題…それは決して対策ではない。一人ひとりにおこってくる本願とともに、私も「痛み」として取り組みたいと思う。

▼「是旃陀羅」問題に関する決議が各教区のうねりになることを願っている。

▼「是旃陀羅」問題の※小冊子に対しては大いに期待している。

※小冊子について 
差別問題に取り組んでもなかなか広がらないという現実がある。まずは何が問われているのか、課題なのかということを、教区や組で「小冊子」を使って広めるために14,000部調製予定。まずは「小冊子」で課題の共有を願う。来年3月発行。ホームページからダウンロードが可能にする。

2021年9月16日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会第7回企画会議」に出席しました。(ZOOM会議)

10月21日の「部落差別問題等に関する協議会」に向けて各教区への事前質問案・協議会当日の議事案」、タイムスケジュール、当日の役割分担について話し合われました。
●私からは以下のことを提起しました。

10月21日の「部落差別問題等に関する協議会」には、あれもこれもではなく、『仏説観無量寿経』における「是旃陀羅」問題の儀式面から話し合いたいと思う。

2021年9月9日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会第6回企画会議」に出席しました。(ZOOM会議)

10月21日、「部落差別問題等に関する協議会」に向けて各教区への事前質問案・協議会当日の議事案について話し合われました。

●私からは以下のことを提起しました。

大谷派は来たる2023年の宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要に焦点を当てているが、解放運動とは別のものになっていないだろうか。

被差別部落の門徒さんから「是旃陀羅」の語は音声として辛い」「読まれると痛い」「早急に善処してほしい」と言われた。私はそのことをいつも胸に置くべきだと思う。

住職修習の最終日に内陣出仕がある。これから住職になるある人が「内陣は息苦しいから下りる」と言って内陣から下り、そして参詣席でお勤めをされた。その時共に出席されていた総代さんが「この住職についていきたい」と大変喜ばれたと聞いた。このことからも儀式はどうしても権威的な面があるように思う。坂東曲についても「貴族的だ」と言う門徒さんもいる。お寺の儀式そのものを考えることが今、必要ではないだろうか。

2021年8月25日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会第6回企画会議」に出席しました。(長浜別院 ZOOM会議)

●私からは以下の文章を提出しました。


2021年度長浜教区「部落差別問題協議会」事業計画

1、月例部落差別問題学習会テキスト『部落問題学習資料集』 (解放運動推進本部編集)輪読と協議(座談)を中心に学習を行う。
【内容】本年度は全国水平社創立100周年の年にあたり、水平社設立の精神とその願いについて『部落問題学習資料集』3〜20頁を輪読し、その学びを深める。最初に「水平社宣言」(広島県連版)を拝読

2、①「是旃陀羅」問題研修会 昨年に引き続き継続して学習する。
②全国水平社創立100周年 テーマ 設立の精神とその願い(仮)

3、組部落差別問題研修会         
昨年度に新たに策定した「開催趣旨文」(※2021年4月20日、「部落差別問題等に関する協議会 第3回企画会議」で配布)より、部落差別に学ぶ姿勢ならびに、我々一人ひとりに問われている課題として学ぶ。

4、組部落差別問題講師会
組に出向された講師の連絡報告ならびに、講義の内容や諸課題について互いに深める場として行く。

5、組部落差別問題担当者との連絡協議会
組の部落差別問題担当者と情報交換と交流を主な目的として開催する。なお、部落差別問題に対する共通理解と各組の課題を共有すべく、教区と組の連携の強化を目指し、担当者が教区と組を取り持っていただくことを願いとする。あわせて、教区⇔組⇔寺院が連動し循環することを目指す。

■研修会等の現場の声
▼『仏説観無量寿経』は仏説であるから、決して削除は人間がすることではないと思う。
▼『仏説箭喩(せんゆ)経』の如く「心に痛みを感じる」と言われる小森龍邦さんの胸に刺さる毒矢を抜くことが何よりも先決ではないか。
▼「および耆婆と〜深宮に閉置して、また出ださしめず。」(真宗聖典90頁〜91頁)「毘陀論経」からここまでの『仏説』を展開するのは意味がなく「乃至」で良いと思う。
▼東本願寺としては、一応歩んできたが、結果としてその状況は何も変わっていないと言わねばならない。未だにそんな問題があることさえ知らない門徒もあり、僧侶も無関心か、あるいは理論や解釈に終始しているのではないか。それにくらべて広島県連は東本願寺に厳しく指摘すると同時に、2015年、自らにも問いを向け、「水平社宣言」を変更された。このことは極めて革命的なことであり、見習うべきことではないか。

■「是旃陀羅」問題について話し合う中で出会った場面。
▼差別問題に怠ってきた自分に対して号泣されたご年配の住職の姿
▼「是旃陀羅」を読誦するたびに心が揺らぐと仰った女性の寺族の方 
▼「無自覚な読誦の罪」の言葉から歩みたいと仰った門徒さん。

以上、長浜教区から報告致します。これらは長浜教区の限定の話ではないと思われる。よってこのような現状を皆々様と共有して参りたいと思います。また口頭で補足させて頂きます。長浜教区 澤面宣了

2021年7月28日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会 第5回企画会議」に出席しました。(長浜別院 ZOOM会議)

まず、このたび、弊派の最高議決機関である宗議会(僧侶議員で構成)及び参議会(門徒議員で構成)において、「「是旃陀羅」問題に関する決議」が全会一致で可決されたことが報告されました。※下 決議文
そして「是旃陀羅」問題について、やはり教学的にきちんと学ぶことの必要性等が話し合われました。

●私からは以下のことを提起しました。

先日の『しんらん講座』(於長浜別院)で訓覇浩先生が『観経』の中の「是旃陀羅」について、私は「読まない」ではなく「読めない」のです。と語られたことがとても心に響きました。勿論、読むか読まないかは議論すべきことですが、何よりも大切なことは誰かが決めるのではなく、それは私の選びであるということに気がつきました。 「読めない」という訓覇浩先生の言葉を胸に、長浜教区、宗門が最も課題としている「是旃陀羅」問題に、私もまたあらためて学んでいきたいと思いました。


「是旃陀羅」問題に関する決議

 私たちは、近年、部落解放を願う人々から、教団の根幹である教学・教化・儀式に直結する厳しい提起を受けてきました。『仏説観無量寿経』序分にある「是旃陀羅(ぜせんだら)」という言葉にかかわる問題です。
 このインドにおけるアウトカーストの人々を表す「旃陀羅」という言葉は、人間の尊厳を否定する根源的な差別語として機能してきました。私たちは、その言葉を聞くことで心が痛い、耐え難いと感じる人がいることに思いが至らず、法要儀式で読誦を繰り返し、またその言葉に「穢多」・「非人」という言葉を当てて教化してきた歴史がありました。私たちは、あらためて差別される痛みや苦しみを感じてこられたすべての人々に対し、深く謝罪いたします。
 また、私たちは、全国水平社創立以来、「親鸞に帰れ」という願いのもとに発せられる悲痛な叫びに、真に向き合うことができませんでした。信心の問題と差別によって人間が否定されるという問題を切り離してしまうなど、教学・教化・儀式の課題として受け止めきれなかったと言わねばなりません。それは、カーストの克服を大きな課題とした釈尊の教えや、「みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり」と吐露(とろ)した宗祖親鸞聖人の教えに違(たが)うものであり、念仏の僧伽(さんが)を求める同朋会運動の精神に対して、自ら背を向けるものであったと深く慚愧(ざんき)いたします。
 私たちが、是旃陀羅の問題をはじめ、聖教(しょうぎょう)における女性差別、また障がい者差別等、すべての差別問題における課題を共有することは、同時に、教えを通して我が身の差別性が自覚させられていくことであります。
 全国水平社創立百年、立教開宗八百年を目前にした今、私たちは、差別を受けてきた人々に二度と同じ苦しみを与えることがないよう、また、差別をし、見過ごし気づけなかった過ちを繰り返すことのないように、あらためて、「人間解放」という人類共通の願いに向けた具体的な一歩を踏み出すべきであると考えます。
 私たちは、宗憲前文の「同朋社会の顕現」という使命を果たすために、国家・宗教・民族・性別などのあらゆる差異(ちがい)を超えて差別のない社会を求め、継続的な努力と歩みを重ねていくことをここに誓います。
以上、決議いたします。

2021年6月28日 真宗大谷派 宗議会議員一同 
2021年6月30日 真宗大谷派 参議会議員一同

2021年6月14日13:30〜

東本願寺「部落差別問題等に関する協議会 第4回企画会議」に出席しました。(長浜別院 ZOOM会議)

●私からは以下のことを話しました。
▼2022年の3月3日全国水平社創立100周年に向けて、長浜教区月例部落差別問題学習会において毎月、「水平社宣言」(広島県連による※下参照)を皆で音読したいと思う。
▼配布物が住職の所で止まりがちである。
▼種蒔きが大切である。
▼清澤満之氏だけでなくむしろ高木顕明氏(※浄願寺通信207座参照)に学び直し、清澤教学を越えていくことが求められているのではないか。

▼浄願寺通信207座を見る

2021年4月20日13:30〜

「部落差別問題等に関する協議会 第3回企画会議」に出席しました。(東本願寺 対面会議)

【開催趣旨】                    
「教学会議・諮詢事項2に対する指針(報告)」(2018年10月)において、「課題共有のための取り組みの視点」として4つの提言がなされています。その提言における「(1)全宗門的にこの課題の共有(周知)を徹底すること」について、企画会議で協議してまいりたいと考えております。
 特に、企画員の皆さまがご縁をもたれている教区や組、さらには寺院・教会における取り組みを念頭においていただき、皆さまの教化の現場における「是旃陀羅」の課題共有のために何が必要なのか、いかに取り組むのかなど、その方途についてご協議いただき、ご意見をいただきたく存じます。
 また、その取り組みを推進していくうえで、弊部や教学研究所をはじめとする宗務機関がどのように関係するのかということについてもご協議いただきまして、次年度に予定する第2回目の「部落差別問題等に関する協議会」において、具体的な提案をしていくことを主目的といたします。

●私からは、今年度からリニューアルされた各組における長浜教区部落差別問題研修会開催趣旨と「是旃陀羅」問題についてのレジメ(文責)を提出しました。(以下参照)

部落差別問題研修会 開催趣旨

部落差別問題研修会 開催趣旨

テーマ「なぜ私たちは部落差別問題に学ぶのか」
 
 私たち大谷派では、今日まで長年にわたり、部落差別問題に学ぶことを非常に大切な課題として位置付けてまいりました。それについては「教化基本条例」(※1)「長浜教区教化委員会規則」(※2)に謳(うた)われています。ところが、部落差別問題の学習を進めるにあたって、実際に聞こえてくる声は次のようであり、困難や抵抗となっています。

1.今日、一般では「人権問題研修」が進められているのに、大谷派でいまだに「部
  落差別問題研修」をしているのはなぜか。
2.若い者は部落差別を知らないし、差別意識ももっていない。知らない者に教え
  る必要があるのか。
3.差別する者も悪いが、差別を受ける側にも問題かおるから差別がなくならないの
  ではないか。
 
 これらの考えは、どこから出てくるのでしょうか。それは、親鸞聖人の教えを聞くものである私たちが、なぜ部落差別問題に学ぶのかが明確になっていないからでありましょう。
 私たちは「差別はいけない」という思いをもちながらも、「面倒な問題に関わりたくない」「自分は差別しているつもりはない」「人間の社会に差別があるのは仕方がない」と、自分には関係ないこととしたり、差別を容認したりしていないでしょうか。
 すべての生きとし生けるものを救いたいと常に願う阿弥陀仏は、人と人との関わりを生きる人間としてのありようを忘れ、苦悩する他者の呻(うめ)き、叫びが響いてこない「私」を悲しむ心を回復せよと願われているのです。
 私が聞法することと私が部落差別問題に学ぶことは別々にあるのではなく、一つであります。

※1「教化基本条例」
第5条2項 僧侶、寺族及び門徒は、部落差別問題をはじめとする様々な差別問題に関する正しい認識に基づき、その解決を自らの課題とし、もって同信同朋の実を挙げなければならない。
(『真宗大谷派法規総覧』)

※2「長浜教区教化委員会規則」
第2条 委員会は、前条の目的を達成するため、次に掲げる業務を行う。
(2)部落差別問題を信心の課題として正しく学ぶための方策の立案と推進

「是旃陀羅(ぜせんだら)問題」について レジメ

「是旃陀羅(ぜせんだら)問題」について 
(旃陀羅は「栴」を「旃」で統一)

①旃陀羅とは古来インドの最下層の被差別民衆を指す。

②もろもろの悪王ありて、国位を貪るがゆえに、その父を殺害せること一万八千なり。未だむかしにも聞かず、無道に母を害することあるをば。王いまこの殺逆の事をなさば、刹利種を汚してん。臣聞くに忍びず。これ栴陀羅なり。
『仏説観無量寿経』(真宗聖典91頁) 


2013年1月13日 部落解放同盟広島県連合会(以下 広島県連)より厳しく指摘
2013年4月12日 2014年2月26日 東本願寺宗務所が広島県連に訪問
2015年1月20日 東本願寺解放運動推進本部と教学研究所が広島県連に訪問
2015年3月31日 小森龍邦氏 岡田英治氏が出講、宗務所にて部落差別問題等に関する教学委員会発足に向けた学習・懇談会が開催
2015年6月11日 部落差別問題等に関する教学委員会発足
2016年6月 「報告書」が取りまとめられる 2017年3月 
『真宗』に掲載 

④すでにあった全国水平社からの問題提起 ④〜⑧まで「報告書」2017年3月『真宗』
1940年7月26日、全国水平社幹部らと東西両本願寺の懇談会が開催されたが、その席上で、全国水平社の井元麟之(いもとりんし)中央執行委員より「観無量寿経及び親鸞聖人の和讃の旃陀羅解は断じて誤りであり、その曲解が差別観念をいかに助長してきたか判らない。場合によっては、教典の語句訂正も必要であると信ずるから徹底的な検討と善処を要請する」との申し入れがなされている。
「部落差別と仏教の業思想」・『部落解放史・ふくおか』第8号 19頁

⑤小森龍邦さんからの問題提起  
『観無量寿経』の「是旃陀羅」の教説部分は、被差別者にとってはやりきれないほど、心に痛みを感じるところである。
『親鸞思想に魅せられて』79頁 小森龍邦 

⑥旃陀羅に対する誤った解釈・解説(年代順)

⑦「是旃陀羅といふはすなはちこれ四姓の下流なり。これすなはち性、匈悪(きょうあく)をいだきて仁義を閑(なら)はず。人の皮を着たりといへども、行ひ禽獣に同じ」
『観経疏』(序分義)善導大師(613〜681年)      

⑧御門下の号するある一種のなかに、この法をもて旃陀羅を勧化すと云々。あまさへ、これかために値遇出入すと云々。こと実たらははなはたもて不可思議の悪名なり.本所にをひて、ことにいましめ沙汰あるへし。是非すてにこの悪名のきこへあるうへは、なかく当寺の参詣を停止せしめて、外道の道路に追放すへき歟(か)
1346年『十三箇条掟書(おきてがき)』伝覚如

⑨「旃陀羅、此ニハ、屠肉ト翻ス。即チ穢多ノ事ナリ」
1710年『観無量寿経叢林解(そうりんげ)』恵空(えくう)

⑩「旃陀羅は日本で云ふ穢多の如き者にて、いつち劣りたる筋目のものなり」
1810年『観無量寿経講義』深励(じんれい)

⑪「旃陀羅 梵音チャンダーラ(Candala)、暴悪、屠者などと訳する。四種族の下に位(くらい)した家無(いえなし)の一族で、魚猟、屠殺(いぬころし)、守獄(ろうばん)などを業とし、他の種族から極めて卑しめられたものである。穢多、非人といふほどの群(むれ)をいふ。」
1911年『浄土三部経講義』523頁 柏原祐義(かしわばらゆうぎ)

⑫ある被差別部落の方の言葉
ある被差別部落の方は、悲しみと怒りをこめて、「ヨツというのは、親指を一本折る、つまり親殺しということであり、センダラということだ。」『部落問題学習資料集』〔改訂版〕190頁)と訴えられている。これは王舎城の悲劇に由来しているであろう。何百年、「旃陀羅」の語によって差別され、生命を奪い続けられてきた人々の、歴史の底からしぼり出されてきた悲しみと憤りの言葉である。 

⑬出発点
戦前からのこの厳しい問題提起が、現実に毎日浄土三部経を法事等で読経している現場の住職の一人ひとりのところまで届いていたであろうか。また、教学の現場である宗門大学の教授・学生のところまで届いていたであろうか。また、全真宗門徒のところまで届いていたであろうか。否、過去のことでなく、現在はどうなのであろうか。私どもは先ずこの告発の声を真摯に受け止めるところから出発しなければならない。
『現代の聖典 学習の手引き』東本願寺発行 351頁

⑭『仏説観無量寿経』を親鸞聖人はどのように頂いておられるか
『仏説観無量寿経』私が仏を観る → 『無量寿仏観経』仏が私を観る
(真宗聖典325頁 326頁 331頁 424頁 471頁 542頁)
上品上生者……中品中生者……下品下生者(真宗聖典112頁〜121頁)
「いずれの行もおよびがたき身」(真宗聖典627頁)、
「ひとえに親鸞一人がためなりけり」(真宗聖典640頁)
「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし」(真宗聖典627頁)以上『歎異抄』

⑮釈尊、霊鷲山(りょうじゅせん)にましまして、一乗法華の妙典をとかれしとき、提婆・阿闍世の逆害をおこし、釈迦、韋提をして安養をねがわしめたまいしによりて、かたじけなくも霊山法華の会座を没して、王宮に降臨して、韋提希夫人のために浄土の教をひろめましまししによりて、弥陀の本願このときにあたりてさかんなり。このゆえに法華と念仏と同時の教といえることは、このいわれなり。
『御文』蓮如上人(真宗聖典817頁)

⑯「天上天下唯我独尊」釈尊、生きとし生けるもの全ての生命(いのち)を尊ぶとは、小さな人間の生命を限りなくかけがえのないものとして尊ぶことから始まります。つまり、常に抑圧され続けている社会的弱者、最も異端視され、社会から排除されている最後の一人こそが、人間としてかけがえのない、地球上に後にも先にもその人一人しか存在しない素晴らしい生命なのです。
『部落解放』(1990年10月 第316号)小森龍邦

2015年4月18日、部落解放同盟広島県連合会は全国水平社創立宣言の原文から次のように変更して(○印部分)朗読をしています。

2021年3月25日13:30〜

■3月25日14:00〜「部落差別問題等に関する協議会 第2回企画会議」に出席しました。(長浜教務所 ZOOM会議)

【開催趣旨】「教学会議・諮詢事項2に対する指針(報告)」(2018年10月)において、「課題共有のための取り組みの視点」として4つの提言がなされています。その提言における「(1)全宗門的にこの課題の共有(周知)を徹底すること」について、企画会議で協議してまいりたいと考えております。特に、企画員の皆さまがご縁をもたれている教区や組、さらには寺院・教会における取り組みを念頭においていただき、皆さまの教化の現場における「是旃陀羅」の課題共有のために何が必要なのか、いかに取り組むのかなど、その方途についてご協議いただき、ご意見をいただきたく存じます。また、その取り組みを推進していくうえで、弊部や教学研究所をはじめとする宗務機関がどのように関係するのかということについてもご協議いただきまして、次年度に予定する第2回目の「部落差別問題等に関する協議会」において、具体的な提案をしていくことを主目的といたします。

●私からは、長浜教区の課題と「是旃陀羅」問題がまったく門徒さんに伝わっていない現状から、わかりやすい手引書の作成を何よりも急がねばならない等を提起しました。

2021年1月21日14:00〜

「部落差別問題等に関する協議会 企画会議」に出席しました。(両日ともに長浜教務所 ZOOM会議)

【開催趣旨】 
 今年度から始まった「部落差別問題等に関する協議会」は、『仏説観無量寿経』序分「是旃陀羅」の語に関して、課題の共有と今後策定する施策を、全宗門を挙げて推進していくために設置されました。
 先般、10月1日に第1回が開催され、宗派各教区の教化事業の責任者(教化本部長等)や、部落差別問題をはじめとする解放運動に取り組んでいる責任者の出席の もと、「是旃陀羅」問題についての取り組みの 現状を弊部から報告し、それに基づき、議 論及び意見交換を行いました。
 このたび、本協議会の議論の方向性を整理 し、まとめていくことを目的に、協議会の出席者及び「是旃陀羅」の課題について継続的に取り組まれてきた方の中から6名を企画員とする、企画会議を設置いたしました。

■この開催趣旨にある企画員は、仙台教区、東京教区、名古屋教区、岡崎教区、長浜教区、九州教区の6名で構成され、このたび私も企画員になりました。

■導入の後14:40、岡田英治氏(部落解放同盟広島県連合会(以下 広島県連)委員長)から次のことを最終の願いとする発題がありました。

「是旃陀羅」を反面教師として残しておこうとすることに異を唱え、急がれる何らかの「現状変更」、さらに経典の読誦の停止は喫緊の課題等

■その後15:55、質疑応答の時間に私からは2015年4月18日に広島県連が水平社宣言を変更して朗読をされたことへの願い、またそれまでの契機、諸問題をたずね、その質疑に対して岡田氏は丁寧に応答くださいました。東本願寺に向けて厳しく指摘すると同時に、自らにもその問いを向け「現状変更」をされたことに改めて敬意を表した次第です。そして17:00、閉会となりました。

■最後に、当日のレジメに掲載された私からの問題提起をここに報告させて頂きます。これは10月1日の意見交換の時間にお話したことです。(加筆訂正あり)
 
 今、お経の読み方が根本から問われている。和田稠先生は「親鸞聖人はお経を読むのをやめた人です」と言われた。当時、比叡山では差別され、排除される者とはまったく無縁に朝廷や貴族たちによる法会にお経が読まれていた。実は親鸞聖人が比叡山を下りたということは、そのような形でお経を読むのをやめたということだと教えられた。しかし真宗寺院の現状もまた比叡山と同じようなことがあると思う。

 せめて、一巻の経をも、日に一度、皆々寄り合いて、よみ申せ『蓮如上人御一代記聞書』 真宗聖典902頁

 これが蓮如上人が勧められたお経の読み方であり、宗門が大切にしている対話ではないだろうか。久しく『観無量寿経』の中の「是旃陀羅」問題が課題になっているが、今の真宗大谷派をはじめ、仏教界の声明儀式ではまったく一方通行であり、そうである限りお経はやはり削除など絶対に許されない、ただ奉る権威的なものになる…。それはおおよそ対話とは程遠いものであると言わねばならない。釋尊こそ、このようなお経の読み方を願われているはずがない。「是旃陀羅」問題を通して、仏事の在り方を根本から考え、話し合っていきたいと思う。

2020年10月1日14:00〜

■去る10月1日、被差別の当事者との交流を深めながら、各教区で解放運動にたずさわっておられる方々との共有を願いに、「部落差別問題等に関する協議会」が開催され、私も長浜教務書(ZOOM 会議)に参加させて頂きました。以下が開催趣旨文です。 

 私たちの宗門は、『仏説観無量寿経』における「是旃陀羅」の語に関し、1922年の全国水平社創立当初から、その差別性について指摘を受けてきました。その後、宗門内で惹起した差別事件ヘの糾弾を機縁として検討や研究を行ってきました。しかし、教化の現場において、インドのアウトカーストとして差別されている人々をさす「旃陀羅」の語を解説する時、現実に差別に苦しむ人たちが存在することを思い描くことなく、日本の部落差別を象徴する「穢多・非人」という言葉を用いて無批判に譬えてきたこと、さらには、宗門の字解において、被差別の当事者たちを暴虐な人間であるように説き、差別を強化・固定化してきた罪責を、宗門に身を置く私たち一人ひとりが十分に受け止めることができませんでした。2013年1月、『現代の聖典 学習の手引き』に対し、部落解放同盟広島県連合会から厳しい問題提起がなされました。この問題提起を受け、宗務所に「部落差別問題等に関する教学委員会」を設置し、「是旃陀羅」の語に関して、真宗学・仏教学・歴史学・部落史等の見地から教学・教化の課題についてまとめられた報告書が、2016年6月に提出されました。この報告書に示された課題を宗門全体で共有すべく、「教学会議」において施策の方向性が示され、その実働に向けて、これから歩みだしていく時期であります。これまで解放運動推進本部では、各教区や組において学習会を開催し、課題の共有のため多くの方々にご参画いただき、様々なご意見をお寄せいただきました。さらに、この問題の施策構築について、内局に助言・提言を行う解放運動推進本部非常勤嘱託(前・企画調整局参事)や全国で教学に携わる方々と協同して議論を醸成する体制づくり、解放運動推進本部を中心に宗務所内の関係部署と連携した「是旃陀羅」の課題に関するプロジェクトチームを始動しています。「是旃陀羅」の問いかけは、部落差別の現実に無自覚である自身の姿を明らかにします。それは、難波別院輪番差別事件を契機とし、全推協叢書『同朋社会の顕現』差別事件まで通底する糾弾の歴史を持ちながらも、糾弾を自身の課題とできていなかったことの表れであり、私たちの差別体質の根深さを物語っています。今、差別からの解放を願う声は、本当に親鸞聖人を「宗祖」と仰ぐような念仏者としての生活になっているのかを問うています。それを確かめるために、教区で解放運動にたずさわっておられる方々にご協力いただき、「部落差別問題等に関する協議会」を開催し、宗派の方向を定め、被差別の当事者との交流を深めながら、宗門にかかわるあらゆる人々とともに、この課題と施策の方向性を共有したいと思います。そして、私たち一人ひとりが方便真実の教として『観無量寿経』をいただく歩みを宗門全体で進めてまいる所存です。

■最後に協議会に提出しました私の文章の一部を掲載させて頂きます。(略、訂正あり)

是施陀羅の言葉の削除に対して色んな意見がありますが、正直、どれもこれも痛くもかゆくもない人(特に僧侶)の意見にしか聞こえません。しかしその中で、

「痛い」と声を上げた人に出会うことが不可欠であり、痛みを与え、作る者である自覚と謝罪を通して文言の削除等がその表現としてなされるのであれば、大きな意味はある。『身同23頁』

この言葉が私自身一番響いた言葉です。そこへ帰り、そこから歩むことを大切にしたいと思います。

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