2024年05月06日 ▼蓮如上人御影道中(351回)のご縁を頂きました。

5月6日

↑五村別院到着(13:27撮影)

↑お勤めの後、随行教導より法話 於五村別院本堂(13:49撮影)

↑相撲町をお通り(17:45撮影)

↑長浜別院到着(18:14撮影)

↑お勤めの後、随行教導より法話 於長浜別院本堂(18:39撮影)宿泊

5月7日

↑お勤めの後、輪番挨拶(8:51撮影)

↑長浜別院出発(8:57撮影)

▲蓮如上人(一四一五〜一四九九)が亡くなられた後、北陸、吉崎での教化の御苦労とそのお徳を偲ぶ法要のご縁が生まれ、蓮如上人の御影を本願寺よりお迎えして勤められたのが蓮如上人御影道中の始まりです。それ以来、毎年、吉崎別院で蓮如上人御忌(ぎょき)法要が厳修される時期に、蓮如上人が歩いたといわれる吉崎別院までの約二四〇キロの道程を、随行教導(ずいこうきょうどう)や、宰領(さいりょう)をはじめとする供奉人(ぐぶにん)方が中心となり、自主参加(一般参加)の方々とともに、六十七の会所に立ち寄りながら一週間かけて歩き(御下向(ごげこう))蓮如上人の御影を門信徒の待ち受ける吉崎の地へ運ぶ旅が連綿として続けられています。今年は351回を迎えました。

▲蓮如さんが六歳の時、理由あってお母さんが本願寺を去られました。そしてもう二人は二度と出会うことはありませんでした。そのお母さんの遺言である「願わくば、あなたの一生をかけて、親鸞聖人の御教えを、再び興して下さい」『蓮如上人遺徳記』が蓮如さんを生涯、歩ませたのだといわれます。
▲重ねて蓮如さんは、その使命感と同時に、きっと行く先々でお母さんのことを探しておられたのでしょう…それを思うと蓮如上人御影道中が一層、私の中に染み込んできます。今年もここ長浜に蓮如さんが歩いて来てくださいました。

▲随行教導さんより「蓮如病」という言葉がありました。「その意味それは病気ではなく(笑)、351回という今も蓮如上人を慕う人々のことです。」と冗談を交えながら話されました。
▲また長浜、五村の両別院の輪番さんからは、「蓮如上人御影道中はこれまでの歴史がこの私の上に興る感動の追体験です。」と力強く結ばれました。
▲今年も蓮如さんにあわせて頂きました。皆々様本当にありがとうございました。合掌(住職記)

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