テーマ 「決して忘れない」(156座) 

2017(平成29)年3月1日


表紙

去年8月、熊本地震災害緊急支援募金箱を本堂に設置致しました。2月24日ここに集まった義援金13,020円を長浜教区を通じ送らせていただきました。

人が生きているということは出会いの連続であるといっていいだろう。もちろんそれは人と人との出会いのみならず、人と他の動物や植物、その他一切の物、そして様々な出来事との出会いでもある。

(中略)
そして人は、その出会いによって人格(人であることの意味)を形成していくのである。それ故、今の私は、これまでに出会った人とものごとによって、又これまでに出会っていない人とものごとによって形成されているといっていいだろう。

(中略)
これらのことは、私たちが誰と出会わねばならないのか、何事と出会わねばならないのかということを示唆してくれているといってもいいだろう。
『聖書と親鸞の読み方』ルベン・アビト 玉光順正著より

住職記

1、今もなお悲しみ苦しむ人がおられる

 3月11日、東日本大震災から6年が経ちます。長浜教区では一昨年まで、5年間にわたり被災地へ支援物資を届ける取り組みがなされてきましたが、昨年は支援から交流という形で12月5日から7日まで参加者が募られ、私も参加させていただきました。そこで、津波によって家が流され大切な人を亡くされた人、震災以来若夫婦と孫は関東に避難され、ひとりで生活されている人、そんな話を生で聞かせていただき、あらためて今もなお悲しみ苦しむ人がおられることを痛感しました。

↑福島県南相馬市 原町別院

2、「決して忘れない」

 また、福島第一原発から約25キロ離れた所に原町別院があるのですが、ちょうど報恩講法要にお参りさせていただきました。(上写真)
 最初に感話の時間があり、同じ参加者の千田みのりさん(願隨寺坊守)の話にとても感銘を受けました。千田さんは石ノ巻市の仮設住宅で生活を余儀なくされている人の手作りのブローチを肌身離さずいつもつけておられるのです(感話の時もつけておられました)。それはまさに、震災時から言われ続けた「決して忘れない」を日々日常生活の中で憶いおこされているのです。あらためて「決して忘れない」とは記憶力のことではなく、誰と共に生きるのか、ということだと思いました。

3、今までは全然見えていなかったものが見えるようになってきた

 重ねてある門徒さんの話が思い出されました。その人はこの頃、孫と出かける機会が増え、そのことによって気が付いたことがあると言われるのです。それは孫といっしょに歩くことによって、例えばデパートでも、おもちゃ売り場やゲームコーナーなど、孫が喜ぶものがどんどん視界に入ってくる、今まで、ひとりでは全然見えていなかったものが見えるようになってきた… と話されました。

4、世界が変わる

 これらのように、誰といっしょに歩くのか、あるいは「決して忘れない」と誰と共に生きるのか、そのことによって今まで全然見えていなかったものが見えるようになる、それは世界が変わると言っても過言ではないと思うのです。

5、「邪見」

 逆に言えば、日々私が見えているものは極めて自分中心、自己関心の中でしかなく、親鸞聖人はそれを「邪見」と言われます。つくづく正しく見えていない(正見)私の事実が知らされます。

6、忘れ去られる人々
 
 またこの頃、繰り返し繰り返し親鸞聖人の次の言葉をいただいています。

 いし ・かわら ・ つぶてのごとくなるわれらなり。
『唯信鈔文意』親鸞聖人(真宗聖典553頁)

 「いし ・かわら ・ つぶてのごとくなる」とは社会から差別され、虐げられ、排除されている人々です。社会的弱者です。そして今回のテーマで言えば、忘れ去られる人々です。親鸞聖人はその人々を「われら」と仰っり、それこそ、共に生きられたのです。表紙に、「今の私は、又これまでに出会っていない人とものごとによって形成されている」さらに「私たちが誰と出会わねばならないのか、何事と出会わねばならないのか」 と書かれています。やはり、「決して忘れない」と誰と共に生きるのか、その一点がいつも問われています。

編集後記 

世界が変わる…それにはまず自分が変わるということが必ずあるように思いました。今、私たちに回復すべきことを浜矩子さん(同志社大学大学院教授)がいつも色々な場で語っておられます。「3つの道具」と表現された次のような語りです。

「今の世にあって回復すべきは、苦しみ悲しんでおられる方への、傾ける耳、もらい泣き涙する目、差しのべる手だと思います。」(文責住職)


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