テーマ わたしの出会った大切なひと言 (31号)

2003(平成15)年7月1日


表紙

「世界中の人が敵になっても、
お母ちゃんだけは、お前の味方だよ。」
 
 末っ子で自由に育てられた私は、結婚という第二の人生に足を踏み入れた途端、それまで味わったことのない、孤独と絶望感と不安の日々を送ることになりました。
 夫は優しい人でしたが、嫁の立場を理解するのは無理だったのでしょう。夫の父、祖母、病床の義母、庭続きの義姉一家と、形に見えない軋轢(あつれき)の中で、押し潰されそうになっていました。
 そんな時に支えになったのが、上の言葉でした。
 小学校しか出ていないため、手紙の苦手だった母が、たった一度だけくれた手紙にあった言葉です。

匿名希望(兵庫県姫路市・45歳)会社員


「おめえー人で なんぎしてるかと思うと、
じっとしておれんわ。」

 田植えに、稲刈りにと手伝いに来てくれました叔父の言葉に、涙が出るほどうれしくて、農繁期には、思い出しては心の励みとし、がんばることができました。忘れることができません。合掌。
              
小野五月(滋賀県草津市・77歳)

『わたしの出会った大切なひと言』真宗大谷派東京教区・編より

▼住職から最後のひと言
本来、仏は覚りの境地であり、座像がもとの姿です。しかし、私たち浄土教の本尊、阿弥陀如来は立像です(阿弥陀如来立像)。それは苦悩する私たち衆生を観て座っておれなくなり、立ち上がり、こちらへ向かう姿だと教えられます。そのこころはこの私を絶対捨てないと誓われています(摂取不捨)。
その姿とこころがこれらの言葉と重なります。

「世界中の人が敵になっても、お母ちゃんだけは、お前の味方だよ。」

「おめえー人で なんぎしてるかと思うと、じっとしておれんわ。」


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