テーマ 2012年 報恩講(109座)

2012(平成24)年12月1日


表紙

11月6日(金)から11月18日(日)、浄願寺に於きまして報恩講法要が勤まりました。ここに写真を掲載しご報告させていただきます。(浄願寺通信に写真を加えています。)合掌

↑11月15日(木)夜 内陣 荘厳

↑11月15日(木)夜 お華束盛り

↑11月16日(金)朝 向拝 幕張り

↑11月16日(金)朝 山門 提灯設置 幕張り

↑11月16日(金)朝 玄関 幕張り

十一月十六日(金)午後一時半 初逮夜

↑御伝鈔拝読 上巻 澤面宣了(当寺)

↑御伝鈔拝読 下巻 澤面章氏(当寺)

十一月十七日(土)午前六時半 晨朝

↑御文拝読 澤面章氏(当寺)

↑法話 和田英昭氏(岐阜 照明寺)
ひと言 すっきりすることよりも、もやもやするのが大事なのだと思います。

午前十時 日中

↑御文拝読 筧承氏(山ノ前 蓮光寺)

↑感話 高山崇氏(山階 円乗寺)
ひと言 いじめられることも、いじめることも知っている者だからこそ、私には話さなければならないことがある。

↑法話 酒井義一氏(東京 存明寺)
ひと言 親鸞聖人は生きている。言葉となって生きている。

午後一時半 大逮夜

↑御文拝読 早嵜和典氏(早崎 要誓寺)

↑感話 大田雅幸氏(今 岩隆寺)
ひと言 長浜に来るまでは、お願い事をするときしか拝むことのなかった私でした。 不思議なご縁を頂きました。

↑法話 酒井義一氏(東京 存明寺)
ひと言 苦しみのない世界を求めるよりも、苦しみの意味をたずねていきたい。

十一月十八日(日)午前六時半 結願晨朝

↑御文拝読 島野政友氏(大阪 貞正寺)

↑感話 早嵜和典氏(早崎 要誓寺)
ひと言 たびたび、被災地に寄せてもらい、「ありがとう」「また来てね」の言葉に私が救われるのです…。

↑法話 酒井義一氏(東京 存明寺)
ひと言 今まで出会ってきた素敵な人たちの背景に親鸞聖人がいます。

午前九時 子ども報恩講

↑法話 酒井義一氏(東京 存明寺)
ひと言 地獄とはひとりぼっちの世界。極楽とはそこに人がいる世界。

↑早嵜和典氏(早崎 要誓寺)より念珠を子供たちに

午前十時 満日中

↑献花(子どもたちから)

↑御俗姓拝読 島野政友氏(大阪 貞正寺)

↑感話 宮尾卓氏(本庄 長源寺)
ひと言 人に寄り添い続けるという願い…、お寺はそれが形になったのだと思います。

↑法話 酒井義一氏(東京 存明寺)
ひと言 人間は悲しみを抱く存在である。

↑総代長よりお礼の言葉 藤居伸之氏

内陣出仕僧の方々(他所より)

●島野政友氏(大阪 貞正寺)
●和田英昭氏(岐阜 照明寺)
●早嵜和典氏(早崎 要誓寺)
●禿子慈孝氏(北方 通来寺)
●高山崇氏(山階 円乗寺)
●宮尾卓氏(本庄 長源寺)
●大田雅幸氏(今 岩隆寺)
●武田晃威氏(国友 遍増寺)
●筧承氏(山ノ前 蓮光寺)

法要式次第

十一月十六日(金)

■午後一時半 初逮夜 
 正信偈 真四句目下 
 念仏讃 淘五
 和讃 弥陀成仏のこのかたは 次第六首
 回向 我説彼尊功徳事
 御伝鈔拝読  
 上巻 澤面宣了(当寺) 
 下巻 澤面章氏(当寺)

十一月十七日(土)

■午前六時半 晨朝 
 正信偈 中読 
 念仏讃 淘五
 和讃 道光明朗超絶せり 次第六首
 回向 世尊我一心
 御文拝読 『中古以来』澤面章氏(当寺)  
 法話 和田英昭氏(岐阜 照明寺) 

■午前十時 日中
 正信偈 真四句目下 
 念仏讃 淘五
 和讃 光明月日に勝過して 次第六首
 回向 願以此功徳
 御文拝読 『大坂建立』筧承氏(山ノ前 蓮光寺)
 感話 高山崇氏(山階 圓乗寺)
 法話 酒井義一氏(東京 存明寺)

■午後一時半 大逮夜
 正信偈 真四句目下 
 念仏讃 淘五
 和讃 五十六憶七千萬 次第六首
 回向 我説彼尊功徳事
 御文拝読 『御正忌』 早嵜和典氏(早崎 要誓寺)
 感話 大田雅幸氏(今 岩隆寺)
 法話 酒井義一氏(東京 存明寺)

十一月十八日(日)

■午前六時半 結願晨朝
 正信偈 真読 
 念仏讃 淘五
 和讃 南無阿弥陀佛の廻向の 次第六首
 回向 世尊我一心
 御文拝読 『鸞聖人』島野政友氏(大阪 貞正寺)
 感話 早嵜和典氏(早崎 要誓寺)
 法話 酒井義一氏(東京 存明寺)

■午前十時 満日中
 正信偈 真四句目下 
 念仏讃 淘五
 和讃 三朝浄土の大師等 次第三首
 回向 願以此功徳
 御文拝読 『御俗姓』島野政友氏(大阪 貞正寺)
 感話 宮尾卓氏(本庄 長源寺)
 法話 酒井義一氏(東京 存明寺)

編集後記

■今年、初めて講師として、酒井義一さんがご来院くださいました。あらためて、酒井さんの親鸞聖人を通した「人間観」の深さを思いました。写真にはない二席目、三席目、四席目からのひと言をここに掲載させていただきます。

 苦しみのない世界を求めるよりも、苦しみの 意味をたずねていきたい。(二席目)

 今まで出会ってきた素敵な人たちの背景に親鸞聖人がいます。(三席目)

 人間は悲しみを抱く存在である。(四席目)

■酒井さんは最後にこのように語られました。

 共に生きようと言えば言うほど、いよいよ共に生きることの出来ない私たち人間の悲しい現実。しかしそのような私たちだからこそ、親鸞聖人の和讃の言葉「苦悩の有情をすてずして」「大悲心をば成就せり」(真宗聖典503頁)と、すでにして仏から呼びかけられている存在なのです。

■そしてその後、次の歌のCDを本堂一杯にかけてくださいました。左はその中のフレーズです。


  悲しみは どこから やってきて

  悲しみは どこへ 行くんだろう
 
  いくら考えても わからないから

  僕は悲しみを 抱きしめようと 決めた


  ひとつになって
  
  ずっといっしょに 共に生きる

  ひとつになって

  君と生きる 共に生きる

  『ひとつ』作詩・作曲 長渕剛


■今年も「報恩講」に遇わせて頂きました。皆々さま、本当にありがとうござました。  


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