テーマ 水平社宣言 「是旃陀羅」(ぜせんだら)問題について⑧(196座)

2020(令和2)年7月1日


浄願寺御遠忌法要実行委員会(第10回)が開催されました。

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表紙

そいでも孝二が、これまで、もう何べんとのう読んで聞かしてくれたさかい、文句だけば暗(そら)でおぼえてる。ちょうど安養寺さんにお参りして、何べんもお経を聞かしてもろうてるうちに、まるで歌の文句みたいにおぼえてしもうたのと同じや。けど、同じに暗(そら)おぼえしているいうても、安養寺さんのお経と水平社宣言(こちら)では、胸のひびきようはまるで違うで。」「そら、わいかてだすワ。安養寺さんがなんぼ有難い有難い経文や言わはったかて、わい、お経で涙がこぼれたことは一ぺんもあらしまへん。そうかて、なんのことやら、ほんまのとこ、わけがわからしまへんのやもんなア。そこへいくと、水平社宣言(こちら)はようわかりますワ。わいが長いこと思うてるだけで、うまいこと口に出して言われぬかったことが、ちゃんと書いたりますんやもン。」「せやネ。せやネ。ほんまにおふでの言う通りや。わいらが心で思うだけで、口に出してよう言わぬかったことを、秀坊(ぼ)んが残らず宣言文(あれ)の中で言うて下はったんや。せやからこそ聞かしてもらうたびに、あ、そうや、ほんまにその通りやと涙が出て来よるネ。」 「さいだす。さいだす。」ふではうなずいた。「けど、おふで、わいら、ただ胸が一杯になって涙が出て来よるだけとはちがうわなア。わいは涙出しながら、生きたるど。なんぼでも生きたるど。人間として、しゃーんと生きつづけたるど。て、まるで怨念(うらみ)でも晴らすみたいに、いつかて身体(からだ)のしんから力が出て来よるネ。妙なハナシやけどな。 あははゝゝゝ。」ぬいは大きな口一杯に笑いながら流れる涙を拭いた。その父母も、またその父母も、人間としての光を奪われ、ふみにじられ、ないがしろにされて来た立場のぬいには、人間に光あれの宣言文の結びだけで、もう笑うに十分であり 泣くにも亦(また)十分だったのだ。

『橋のない川 6』住井すゑ著 

水 平 社 宣 言 「是旃陀羅」(ぜせんだら)問題について⑧  住職記

■いよいよ待ちに待った部落解放同盟広島県連合会の現地研修に参加します。(7月24日〜25日 為法会主催 詳細は次号で報告)それに向けて引き続き「是旃陀羅」問題について書かせて頂きます。

■「旃陀羅」とは古来インドの最下層の被差別民衆を指し、これによって今も尚、差別に苦しむ人々がいます。『仏説観無量寿経』の中の「是旃陀羅」問題について、全国水平社(1955年部落解放同盟と改称)と東本願寺の関係をあらためて年代順(①〜⑧)に整理させて頂きます。

①1940年7月26日、全国水平社から東西両本願寺に対して、「教典の語句訂正も必要であると信ずるから徹底的な検討と善処を要請する」との申し入れ。

②2013年1月13日 部落解放同盟広島県連合会(以下 広島県連)よりさらに厳しく指摘

③2013年4月12日 2014年2月26日 東本願寺宗務所が広島県連に訪問

④2015年1月20日 東本願寺解放運動推進本部と教学研究所が広島県連に訪問

⑤2015年3月31日 小森龍邦氏 岡田英治氏が出講、宗務所にて部落差別問題等に関する教学委員会発足に向けた学習・懇談会が開催

⑥2015年6月11日 部落差別問題等に関する教学委員会発足

⑦2016年6月「報告書」が取りまとめられる 

⑧2017年3月『真宗』誌に掲載 

■②の広島県連は2015年4月18日、全国水平社創立宣言の原文から次のように変更して(赤字部分)朗読をしています。(旧仮名遣いも一部変えています)  

「兄弟」 →「兄弟姉妹」
「男らしき」 →「人間らしき」
「大正十一年」 →「一九二二年」
         
宣言 
 全國に散在する吾が特殊部落民よ團結せよ。
 長い間虐められて來た兄弟姉妹よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの 人々とによってなされた吾等の爲めの運動が、何等の有難い効果を齎らさなかった事實は、夫等のすべてが吾々によって、又他の人々によって毎に人間を冒涜されてゐた罰であったのだ。そしてこれ等の人間を勦るかの如き運動は、かえって多くの兄弟姉妹を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集團運動を起せるは、寧ろ必然である。
 兄弟姉妹よ、吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、實行者であった。陋劣なる階 級政策の犠牲者であり人間らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代價として、暖い人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪はれの夜の惡夢のうちにも、なほ誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわらうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が來たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が來たのだ。
 吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ。
 吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなぬ。そうして人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦る事が何んであるかをよく知ってゐる吾々は、心から人生の熱と光を願求禮讃するものである。
 水平社は、かくして生れた。
 人の世に熱あれ、人間に光りあれ。

一九二二年三月三日    全國水平社創立大會

■広島県連のその願いは、女性差別の文言と天皇制と密接に関わる元号使用の両問題の克服にあります。これに対して、同盟員の中には水平社宣言を絶対視するあまりに、読み替えそのものに嫌悪感を覚える人や水平社宣言を読まない選択もあると考える人など様々な意見があります。いずれにしても、今回の議論を契機として、水平社宣言全般にわたる学習の展開を呼びかけ、水平社宣言に光を当て続けていくことが私たちの使命と考えたいと述べています。

■どうでしょう、経典の中の「是旃陀羅」問題の課題と実に重なってくるのです。東本願寺としては、一応⑧まで歩んできたのですが、結果としてその状況は何も変わっていないと言わねばなりません。未だにそんな問題があることさえ知らない門徒さんもあり、僧侶も無関心か、あるいは理論や解釈に終始しているのです。

■それにくらべて広島県連は東本願寺に厳しく指摘すると同時に、④⑤⑥の2015年、自らにも問いを向け、「水平社宣言」をこのように変更して朗読をされたのです。このことは極めて革命的なことであり、見習うべきことではないでしょうか。

■今、①の1940年から実に80年が経過しました。さらに釋尊ではない何者かが経典に紛れ込ませた古代インドの差別の歴史からも、私たちは本当にもう…、遅すぎる一歩を踏み出さねばなりません。


追記

▼表紙の文章は、孝二の母「ふで」と祖母「ぬい」との会話で、秀坊とは水平社宣言の起草者である村上秀昭(モデルは西光万吉)です。私は語句訂正等を要請される経典と水平社宣言ではやはり次元が違うと思っていたのですがこの文章に出遇い、次元が違うことはないと思い直しています。さらに住井すゑは別の場所でこのように語られています。

水平社運動というのは熱に浮かされた運動ではない。静かな理性による人間の輪でしょう。激情ではない。言ってみれば、頭から押さえつける運動ではなく、静かに下から沸き上がる運動です。
『水平社宣言を読む』住井すゑ・福田雅子著

▼古代インドのカーストの差別と真っ向から闘われた釋尊の言葉も、「人間の輪」であり「静かに下から沸き上がる運動」であると思います。経典も水平社宣言も同じ人間の叫びではないでしょうか。「人間に光りあれ」と。
また、『橋のない川 4』には主人公畑中孝二(モデルは木村京太郎)が水平社宣言を読む場面があります。その中で「男らしき産業的殉教者」から「男らしき」を外し「産業的殉教者」と草稿を読みます。すでに住井すゑさんはあえてこのように書かれています。

▼2017年6月15日、五村別院の茶所で、「是旃陀羅」問題についてと題し、推進員一日研修会がありました。最後、あるご門徒さんの提案で広島県連の読み替えの水平社宣言を皆で朗読しました。今でもその時の響きが憶い起こされます。


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